10.18.2011

おばあちゃんの時計

私の母は古風な考えの人で、その上世話焼きで頑固者だ。

私の就職が決まった時を思い出す。世の中デフレだ不景気だと騒いでいるのに、母は少ない小遣いで私に色々買い与えようとした。しっかりしたスーツを持ちなさい。靴は丈夫で目立ちすぎないものを、それと紺色のネクタイも。靴下は見えないからといって手抜きしちゃだめ。

母親が傷つかないように、そのオファーを一つ一つ丁寧に断って、身の回りは基本的に安物で揃えた。周りの新入社員だってみんなそうだったし、背伸びしたものを身につけることがいささか無神経に思えたのもあった。

ただ、腕時計だけは母親からもらうことになった。時計だけは一生物なんだから、これはあたしが良いものプレゼントしてあげる、と最初から相当意気込んでいたので断るにも断れなかった。ゴツい機械時計は確かにとても立派で、手に取るとずっしり重みを感じる。安物スーツの見た目も、その時計を着けてると少しカッコよくなる気がした。

アンバランスではあったが。この二十年、同じ腕時計を着けている。

この間、認知症が進んでるため母はケアホームで世話になることになった。面会しに行くと、私の腕時計をみて言う。ずいぶん年期の入った時計だねぇ。

これは昔、母さんに買ってもらった時計だよ。覚えてるかい?
ああ、お前のために銀座のデパートで買ったんだよ。

そうか、ありがとうな。これからも大事にするよ。持ってみるかい?

母は時計を手にとって、じっと眺めた。本当に立派な時計。これなら、安心してあたしより長生きしてくれそうだわ。

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