医者もいろいろ
こんな俺でも、世間で認められている自慢の兄貴が一人いる。やつとはもう何年も話してないんだが、なかなかいい男でな。おつむのできがまず違うもんだから、医者をやってて、そりゃあ大したもんなんだ。いまは都会の大きな病院で偉い出世してる身でさ。奥さんも子供も鼻が高いわけだ。
そんな兄貴は、どれだけ歳をくっても弟の俺をよく可愛がってくれるんだ。諦めが悪いんだか、親や親戚が俺をバカ呼ばわりするといつもかばってくれる。こればかりはウチの兄貴も賢くはないね。俺が事業で失敗しても、家族と上手くいかなくなっても、大概どんなヘマこいても、俺を責めようとしない。こいつはツイてないだけなんだとか、考え方は間違ってない、まっすぐだ、なんて調子だ。同じ血が流れてるもんだから、まあ俺も兄貴の立場だったら、本当は根がまともなんだと信じたい気持ちも分からんでもないが。
いつの話だったか、そんな兄貴は単身でどこかの小さな田舎町の医者をつとめたことがあった。患者の九割は農家のじいさんばあさんで、ひどく手を焼いたそうだ。この頃の都会とは違って、男のほとんどは喫煙者で、どうしようもなく肺が真っ黒な人もいっぱいいたんだそうだ。
それでも、兄貴は誰にもタバコやめろとは言わなかったんだと言う。ハードな肉体労働を毎日こなす割には楽しみの少ない人生なんだから、そういう人たちからタバコを奪って良いことなんてない、ってね。
すごいと思ったよ、俺は。
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