11.19.2008

起きるものと成す事

与作は苦労していた。人の苦労はそれぞれだが、
もしかして、あなたや私より辛い思いをしていたかもしれない。

会社をクビになってから一年間経とうとしていて、全然まともな仕事に就けていない。このご時世ではよくある話だが、よくある話だからといって楽なことに変わるわけでもない。元から少ない貯金の半分は離婚した妻に持っていかれ、養育費も滞納していた。もう時期、この安アパートからも追い出されるだろう。苦労は金銭や生活面の話に留まらない。一人息子を気にかけてくれていた父親が突然の脳梗塞で倒れ、病院で寝たきりになった。唯一、精神的な支えだった父親と口がきけなくなったダメージは大きかった。

実は、別れた妻のことも愛していた。結婚していながらも、その気持を素直に伝えることも出来なかった。他にも様々な形で交通事故にあったり、人から裏切られたり、自然災害の真っ只中にいたり、病に襲われたり、ハチに刺されたり。挙げはじめればキリがない。

私に、あまりにも多くの不幸が起きる。
私は、悪いことをした覚えがないのに。

一見身勝手で幼稚な考えかも知れないが、彼を知る者も皆、気の毒に思っていた。与作は際立ってすばらしい人間ではないが、これほどの不幸に値する罪を犯した者か、と聞かれれば、そろって頭を横に振るだろう。

このままでは間違いなく死んでしまう。そう思いながらふらふら歩いていたら、いつの間にか見慣れない道に迷い込んでしまった。その道の先は、行き止まりだった。小さな地蔵が立てられていた。不思議なところに地蔵をおくものだ。これも何かの縁かと想い、わらをつかむ想いの与作はその日から毎日、その地蔵を探し出しては手を合わせた。

残念ながら、与作の苦労に何一つ変化は訪れなかった。更に半年後はホームレスとなっており、父親も亡くなっていた。妻や子供との連絡は完全に途切れた。そして、とうとう道端で本当に、息を引き取ろうとしていた。

最後に目を閉じようとした瞬間、地蔵の顔が現れた。

「あなたはとても苦労なされました。」

「なぜ、こんなに苦労しなくてはならなかったのでしょう。」

「あなたは死ぬまで耐えました。すばらしい人間です。」

「ありがたいお言葉ですが、すばらしい人間だったとしても、死んでしまっては意味がないのでは?」

「おっしゃるとおり、見返りは特にありません。」

「私が耐えることに選択肢はあったのでしょうか?」

「私だって、好きであそこでじーっと立ってるわけじゃないですから。」

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