8.29.2012

あなたに花を

窓無しの取調室がやたら蒸し暑い。一角のテーブルに小さな扇風機が置いてあるが、あまりにも頼りなく逆に冷やかしに思えてくる。 私の名前は加藤正文、44才。主な職業は犯罪だが時々パチンコでパートをしている。人見知りなのでヤクザには属していない。 刑事は私をこの取調室に監禁していて、いま別の部屋で前科をまとめているところだ。空き巣、強盗、脅迫に詐欺。大体のことはやってきたので、掘り出すだけでも一仕事だろう。2時間もパイプ椅子に腰かけているので、尻が痛くなってきた。 あなた方に打ち明けておくが、今回私が手錠をかけられる直接的なきっかけとなった殺人事件に関しては、無実、というより全くの無関係である。その時、たまたま現場の近くのコンビニの駐車場でアイスを食べていたところを顔見知りの刑事に見られてしまったのが運の悪さである。 もちろん私だってこのまま黙って濡れ衣を着せられるのはまっぴらゴメンだ。一方、警察との長い付き合いから分かるのだが、一度こう捕まっては何事もなかったかのように釈放されることはまず考えられない。端的に言うと、くだらないが、刑事にもメンツというものがある。なんとか最小限の痛み分けで刑事に花を持たせられないか考えている。 ちびっ子の頃、よく母親に人の立場で物事を考えるように言われてきた。 頭の整理がつかないまま、扉がガチャりと開く。

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