4.10.2021

僕のレガシィ

笠野清石、男52才。
本名は松長きよしという。

神保町の大きな書店にいる。文庫本で敷き詰められた棚に向かい、右手にもった本を棚に差しこんだ。戻した、のではなく、差しこんだ。そしてその背表紙を眺めてみる。

「涙のティアーズ 笠野清石」

8年前に会社を辞め、物書きに転身した。本人からしてみれば、一応物書きであるから、会社を辞めたという因果関係だが、世の中はそう見てくれない。いくつか本を書いたが、コンクールや出版にこぎつけることはできなかった。痺れを切らして自費出版を決意したのだった。

その棚にならぶ作家たちの名前を見渡してみる。浅田次郎、江國香織、夏目漱石、東野圭吾。。生死を問わない納骨堂みたいだ。夏目漱石は死後も忘れさられることなく、東野圭吾は生きてるうちに仲間入りすることができて気分悪くはないだろう。

松長は「涙のティアーズ 笠野清石」を棚から回収し、静かにコートのポケットに戻した。

「お客さま」店員に肩をたたかれた。

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