5.15.2013

覚えてないこと

加藤和正の幼少期の思い出。時は1982年、場所は東京外れの東久留米というベッドタウン。広い野菜畑につながる小さな路地に、4件の小さな家が窮屈に密集する区域で暮らしていた。

あの時代の大人たちは、今と違って近所付き合いに積極的だった。井戸端会議はいつものこと、お互いの家庭事情にも精通していた。まるでゾウの群れのようで、大人全員で全員の子供の面倒をみるようなメンタリティもあった。

狭い世界でも仲間はずれは起きる。大人たちは、とある一軒家については不自然なほど距離をおいていた。声には出さないが、子供に対しても近づいてほしくなかったはずだ。敷地はすっかり雑草に覆われ、真昼間でも家屋の輪郭が分からないほど暗かった。一人の老人が引きこもっていて、まともに顔をみた者はいない。家の近くで耳を澄ますと、中からお経を唱える声が聞こえる。小さく低い声だったので、その主が男なのか女なのかも分からなかった。大人たちに言われなくても、ただならぬ空気は和正にもわかった。

実はというと、和正はたった一度だけあの家の老人の顔をみたことがある。路地でキャッチボールをしていたら、球があの雑草に覆われた庭に入ってしまった。球をとりに庭に忍び込んだところ、あっさり老人に見つかってしまった。

妙なことに記憶はそこからポッカリ空白になっていて、どんな老人だったのか、怒られたのかほっとかれたのか、一切覚えていない。

わかっているのは無事に球を返してもらえたことだけだった。

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