10.20.2012

怖がらないひと

ヒナミケイスケです。

身近な親戚が長い間ガンと闘病していましたが、医師によると末期がせまっているためホスピスに移ることになりました。その人は抗ガン剤治療を受けておらず、ホスピスの方々は少しでも痛みを和らげるよう努力してくれています。

人の死に立ち会うこと。一つの聖域だと思います。いままで何度か病院に見舞いに行きましたが、せいぜい身の回りの雑務や、気を紛らわすための話しか出来ませんでした。これでよかったのか、正直分かりません。男33才にて子供同然のなりふりです。

今日はホスピスの方にはじめて行きました。身体中が痛いはず、いや、痛まないわけがないんですが、本人は今日は調子がいいと言いはります。山登りの話、親戚の近況や噂話、こどもたちの他愛ないことの話もしました。枕元でちらっと見えた本はゴルフの入門書。思考も鮮明そのもの。もうやり残したことはないよ、とニコリ。これぞ九州男児の底力なのか、甥の私への気遣いか。多分両方、かな。

病院をでて、気づけば穏やかになってる自分の心に違和感を感じ、はたまた本当にこれでよかったのかなぁと、自問するばかり。

宮沢賢治は怖がらなくてもいいと慰めるようにと書きましたが、いまこの状況でその難しさを痛感しています。死んだことないから、慰めるどころかこっちだって怖い。いってしまえば本人に怖がらないでほしい、という本音が心の底にあるのかも知れません。

怖がらなくていい、に書かれてない主語は私達、なのかも知れないと考える今日この頃です。

コメント0archive

Post a Comment

<< Home