3.22.2015

社会科

私の住む街の中華料理屋は安くてうまい。いつも賑わっているけど、不思議なことに座れないほど混むことはない。肉野菜定食、ユーリンチー、麻婆ナス、餃子、夏の冷やし中華(タレは醤油かゴマ)、卵とトマト炒めあたりは、まず間違いない。

今夜も一人分のカウンター席が空いていたのですぐ座れた。周りの客はサラリーマン、お年寄り、大学生のカップル。子連れもいた。ここでは誰もが平等に扱われる。

私が炒め物の定食を食べていると、となりの席に一人のおばあさんが座った。ヒョウ柄のスパッツにグレーのダウンジャケットの組み合わせが派手だが、やけに品の良いショートカットの髪型、控えめな化粧、とピンとした背筋。

店員が来ると、静かだけどハッキリ通る声で

「ハイボール。あと、ニラレバちょうだい」

端的で気持ちいい。彼女はジョッキを両手で持ち、上等なお茶を飲むかのようにゆっくり口に運んだ。

「あなたいつも来るわね」

突然話しかけられたので動揺した。常連の顔は気にしたことがなかったので、見覚えがない。相手が単なる挨拶で声をかけたのか会話をしたがっているのか分からず、つまずくように、ええどうも、と答えた。

「いつも定食の杏仁豆腐残すわよね。食べないなら私にくださる?」

「あ、どうぞ」

「ありがとう」

杏仁豆腐の器を渡そうとしたら、割り箸を床に落としてしまった。

「あっ」

「あらら。ごめんなさいね」

「あぁ、いいえ」

「これ、あげるわ」

ハンドバッグの中からコンビニでもらうような割り箸が出てきた。

「いやここにもありますから…」

「もったいないじゃない」

どっちの割り箸でも無駄は同じではないかと思いながらも、おばあさんの割り箸を受け取った。短すぎて食べづらかった。

「お住まいは近くなんですか?」

間が持たないと感じて、思い切ってこっちから話しかけてみたが、思いの外おばあさんはぐっと身を引いた。

「そ、そんなこと聞いてあなたにとってなんなのよ」

そこから丸く収めるのに相当苦労したのは言うまでもない。

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