7.15.2018

一発屋

藤村太郎助、56才会社員、婚歴なし、メーカー総務部勤務・転職歴なし。年収700万円。

有能なサラリーマンだ。決められた会社戦略を咀嚼し、自ら手を動かし、時にはチームを牽引することもできる。いずれ自分が退くことも見据えて、後継者を育てノウハウを惜しまず伝達している。上には器用に適度にゴマをすり、下には責任あるオピニオンリーダーとして人望を集めている。

小さなマンションを購入しており、ローンもあとわずかで完済する。身寄りは自宅介護している認知症の母親だけだ。自分の終の住処は老人ホームに入ろうと思っている。

本人曰く趣味は音楽だ。しかしカラオケは苦手、日常生活で音楽あまり聞かない、たくさんのアーティストを知ってるわけでもなく、CDコレクションもステレオコンポもなければコンサートにもいかない。ただひとつやっていることがある。

30才からボブディランの「時代は変わる」、この一曲の弾き語りをひたすら練習している。他のアーティストどころかボブディランの他の曲ですら興味がわかない。藤村にとっての音楽の全てこの曲にやどっていることになる。

20年間好きな曲をたまにに弾いているのではない。20年間、毎日、本気で、何度も何度も通して歌い倒している。昼間なら大声で、夜なら小さな声で、悲しいことがあれば悲しく、楽しい気分なら明るく、嫌なことがあれば怒りをこめて、the times they are a changin'... と。

何事も20年以上磨き続ければ磨きがかかるもので、技術の他、おそらく世の中誰よりもこの曲の細部、言葉一句一句の意味や役割を熟知して自分のパフォーマンスのものとしている。仕上がりはプロアマどうこうの境地ではない。

雑誌のインタビューで藤村は語っている「わたしもアーティストのつもりでいる」と。

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