1.22.2014

わがままの必要

坂井幹夫の部屋は綺麗に片付いていて、誰かがいつでも暮らし始められるようになっていたと、同僚の関原学はいう。食器はきちんと棚におさめられ、水まわりもピカピカに磨かれていた。衣類もすべてクローゼットに並べられて、洗濯カゴは空っぽ。冷蔵庫には玉ねぎとビール、冷凍庫にはバニラアイスが二個。

坂井が突然出勤しなくなったのは二週間前のことで、関原が心配になり緊急連絡先の叔父への連絡を試みた。ところが、叔父曰く坂井と最後に会ったのは十年以上も前のことで、本人がどういう心境で、どこにいるのか全く心当たりがなかった。

関原は坂井の手がかりになりそうな人物、場所を片っ端から調べたが、次第に坂井がかなり緻密に自分の跡を消していったことに気づかされた。過去に一度だけ一緒にいった銀座のクラブのボトルキープすらなくなっていた。

そして最後にたどり着いたのが坂井の部屋で、管理人に事情を説明してカギを開けてもらった。手がかりが見つかるどころか謎は深まるばかりだった。綺麗に片付いた部屋、しかも家賃はこの先一年分支払い済みだという。

一年経てばひょこっと姿を再び現すつもりなのだろうか。その時どのように身の回りの人間に説明をするのだろう。それともはなから説明などしないつもりなのか。

いずれにしても、坂井はさぞかし意味のある一年を今頃過ごしてることだろう。帰ってきたら、ゆっくり話をしたいと関原は思っている。

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